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犬の「しこり」は癌?獣医師が解説する種類と危険なサイン

はじめに:愛犬の体に見つけた「しこり」、その不安な気持ちに寄り添います

愛犬を撫でている時、シャンプーをしている時、ふとした瞬間に指先に触れる、今までなかった「しこり」。その瞬間、飼い主様の心には、「これはいったい何だろう?」「もしかして、悪いものではないか…?」という、言葉にできないほどの不安がよぎることでしょう。時間を追うごとにその不安は大きくなり、インターネットで「犬 しこり」と検索しては、様々な情報に触れてさらに混乱してしまう…そんな経験をされる方は少なくありません。

この記事は、まさに今、そんな不安の真っ只中にいるあなたのために、獣医腫瘍科の専門的な視点から書かれています。愛犬の体に見つかった「しこり」について、飼い主様が知っておくべき基本的な知識、そして何よりも「次にどう行動すべきか」を具体的にお伝えすることが目的です。

私たちは、進歩し続ける獣医学の知識と確かな技術で動物たちのケアに臨むと同時に、ご家族のことを一番に考え、心のこもった獣医療を提供することをお約束します。この記事が、あなたの不安を少しでも和らげ、愛する家族である愛犬のために、最善の第一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。

最も大切なこと:犬のしこりは「見た目では絶対に判断できない」という事実

様々な情報に触れる前に、まず飼い主様に心に留めていただきたい、たった一つの、そして

最も重要な事実があります。それは、犬の体にできた「しこり」が良性か悪性(癌)かということは、見た目や大きさ、触った感触だけで判断することは獣医師であっても絶対に不可能である、ということです 。

多くの情報サイトでは、「こんなしこりは大丈夫」「こんなしこりは危ない」といった特徴が挙げられているかもしれません。しかし、それらはあくまで一般的な傾向に過ぎません。実際には、悪性度の高い癌が、小さく、柔らかく、まるで良性のしこりのように見えることも頻繁にあります。逆に、大きく、いびつな形をしていても、炎症や良性腫瘍であるケースも存在します。

飼い主様が「小さいからまだ大丈夫だろう」「痛がっていないから様子を見よう」と自己判断してしまうこと。それが、最も避けなければならない事態です。なぜなら、もしそのしこりが悪性腫瘍(癌)だった場合、「様子を見る」と判断した時間が、治療の成功率を大きく左右してしまう可能性があるからです。癌治療においては、早期発見・早期治療が何よりも重要です。貴重な治療の機会を逃さないためにも、「見た目では判断できない」という事実を、どうか強く認識してください。

犬の体に見られる「しこり」の主な種類

では、実際に犬の体に見られる「しこり」には、どのような種類があるのでしょうか。ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。ただし、繰り返しになりますが、これらはあくまで可能性の一例であり、最終的な診断は動物病院での専門的な検査によってのみ下されることをご理解ください。

良性の腫瘍

脂肪腫(しぼうしゅ)

最もよく見られる良性腫瘍の一つで、皮下にできる脂肪細胞の塊です 。通常は柔らかく、皮膚との癒着もあまりなく、ゆっくりと大きくなることが多いですが、稀に筋肉の間にできる浸潤性のものもあります。

皮脂腺腫(ひしせんしゅ)

皮脂腺が腫瘍化したもので、高齢の犬によく見られます。カリフラワーのようにゴツゴツとした見た目をしていることが多いです。

悪性の腫瘍(がん)

肥満細胞腫(ひまんさいぼうしゅ)

犬の皮膚に発生する悪性腫瘍の中で最も多いものの一つです。「偉大なる偽装者」とも呼ばれ、見た目や振る舞いが非常に多様で、小さなイボのようなものから、大きく潰瘍を作るものまで様々です。

軟部組織肉腫(なんぶそしきにくしゅ)

筋肉、脂肪、神経、血管といった軟部組織から発生する悪性腫瘍の総称です。ゆっくりと大きくなることが多いですが、局所的な再発を起こしやすい性質があります。

メラノーマ(悪性黒色腫)

色素を産生する細胞(メラノサイト)の癌です。口の中や指先にできるものは特に悪性度が高いことで知られています。

腫瘍以外のしこり

膿瘍(のうよう)

細菌感染によって、体内に膿が溜まった状態です。痛みや熱感を伴うことが多いです。

嚢胞(のうほう)

皮膚の中に袋状の構造ができ、その中に皮脂や角質などが溜まったものです 。

炎症性・アレルギー性のしこり

虫刺されやアレルギー反応によって、局所的に皮膚が腫れ上がってしこりのように感じられることがあります。

このように、「しこり」と一言で言っても、その正体は多岐にわたります。そして、これらを正確に区別するためには、専門家による検査が不可欠なのです。

見逃さないで!動物病院へ行くべき「危険なサイン」チェックリスト

「様子を見ていいのか、すぐに病院へ行くべきか迷う…」そのお気持ちは痛いほど分かります。そこで、一つの判断基準として、以下のチェックリストをご活用ください。一つでも当てはまる項目があれば、様子を見ずに、できるだけ早く動物病院へ相談することをお勧めします。

  •  しこりの大きさが急に変わった(大きくなった)

  •  しこりの形や色、硬さが変わった

  • しこりの表面から出血したり、液体が出たりしている(自壊)

  • しこりの周りが熱を持っている、または赤く腫れている

  • 愛犬がしこりを頻繁に気にしている(舐める、噛むなど)

  • しこりを触ると痛がるそぶりを見せる

  • しこり以外にも、元気がない、食欲がない、痩せてきた、咳をするなど、体調に変化が見られる

これらのサインは、しこりが活発に変化している、あるいは全身に影響を及ぼし始めている可能性を示唆しています 。もちろん、これらのサインがないからといって安心できるわけではありません。
愛犬の体にこれまでに無かったしこりを見つけた時点で、それは動物病院へ相談する十分な理由になります。

動物病院では何をするの?「しこり」の診断プロセス

「病院へ行っても、何をされるか分からなくて不安」という飼い主様もいらっしゃるでしょう。私たちは、ご家族の不安や心配を解決できるよう、わかりやすい説明を常に心がけています 。当院のような腫瘍科の専門知識を持つ病院では、一般的に以下のようなステップで診断を進めていきます。

ステップ1:問診と身体検査

まず、飼い主様から詳しくお話を伺います。「いつからしこりがあるか」「大きさや見た目に変化はあるか」「愛犬の普段の様子」など、ご家族からの情報は非常に重要な診断の手がかりとなります。その後、獣医師がしこりの大きさ、硬さ、可動性(周りの組織とくっついているか)などを丁寧に触って確認します。

ステップ2:細胞診(さいぼうしん)

診断への第一歩として行われる、非常に重要な検査です。しこりに注射針のような細い針を刺して細胞を少しだけ吸引し、それを顕微鏡で観察します。多くの場合は麻酔を必要とせず、動物への負担が少ない検査です。この検査によって、しこりが「炎症」なのか「腫瘍」なのか、そして腫瘍であれば「良性」か「悪性」か、ある程度の見当をつけることができます。

ステップ3:病理組織検査(生検)

細胞診で悪性の疑いがある場合や、より正確な診断が必要な場合に行います。麻酔をかけて、しこりの一部または全部を外科的に切除し、それを専門の病理医が詳細に分析します。これは、腫瘍の種類を確定し、悪性度(グレード)を判定するための「確定診断」となり、今後の治療方針を決定する上で最も信頼性の高い検査です。

吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

私たちは、これらの各検査が「なぜ必要なのか」「この検査で何が分かるのか」をご家族に正確にお伝えし、十分にご納得いただいた上で進めていきます。診断プロセスを透明にすることが、ご家族の不安を和らげ、私たちが協力して治療にあたるための第一歩だと考えているからです。

確かな安心のために、まずは専門家にご相談ください

愛犬のしこりを見つけてから、不安な気持ちを抱えたまま時間を過ごすことは、飼い主様にとって非常につらいことです。その不安を解消する唯一の方法は、「しこりの正体をはっきりとさせること」です。

当院の院長は、獣医腫瘍学における高度な専門知識が認められた「獣医腫瘍科Ⅰ種認定医」です。長年にわたって腫瘍科の最新治療に携わり、学会発表や後進の育成にも力を注ぐことで、常に知識と技術を研鑽しております。その専門的な知見から、あなたの愛犬のしこりについて、的確な診断とアドバイスを行うことが可能です。

たとえ検査の結果、しこりが心配のない良性のものであったとしても、それを知ることでご家族は心からの安心を得ることができます。そして、万が一悪性の腫瘍であったとしても、早く行動を起こすことで、治療の選択肢は広がり、より良い結果に繋がる可能性が高まります。

私たちは、知識や技術だけでなく、ご家族と動物たちのことを一番に考えた、心のこもった獣医療を提供することをお約束します。愛犬の体に「しこり」を見つけたら、どうか一人で悩まず、私たち専門家にご相談ください。確かな安心を得るため、そして愛する家族の未来のために、ぜひその一歩を踏み出してください。ご連絡を心よりお待ちしております。